あなたの言葉は、拾われているか

すごいですね

こう言われて
どう感じますか

嬉しい
なんか違う
かなり違う

場面によって感じ方はいろいろ

でもね

話をしていると、軸が評価な方がいる。
ご本人はよかれと思って言っている。

確かに、すごいと言われるのは嫌ではない。

でも、会話の終着点がいつもそこだと
私は疲れる。

なんでかな?
と思う。

すごいですね
という言葉は、承認だ。

すごい
という言葉は
ある意味
魔法の言葉だ

言われて
嫌な気はしない
相手を認めている

会社組織なら
それだけで通用するかもしれない

でも
日常生活を共にする場合
特に、パートナーシップを結びたい場合

承認だけでは物足りなくないかな
と思う

承認した時点で
会話は終わる

その先に広がらない

私は、
褒めて欲しいのではない
私の言ったことを拾って
返して欲しい

評価は会話ではないと感じる

そこで大事なのは
共鳴だ。

私が感じたことに対して
自分の言葉で語る。

それが同じ意見であっても
違う意見であっても

さらに言えば
それは
ただの意見交換ではない

もっと深いレベル
相互の気持ちの交換だ

だからここでは
共感ではなく
共鳴という

共鳴すると
お互いに気持ちが動く
言葉に乗せた温度が循環する

例えば私が、
今日、植物園に行ったんです
と言った時

楽しかったですか
と返されたら

この返しは
はい
いいで
で答えられる

これを言われると
そこで会話が閉じてしまう

私が嬉しいのは
どうでしたか
何かいいものありましたら
という返し

聞かれた方は自由に答えることができる
そして、そこから会話が広がる

私は、こういう
会話を広げる返しが欲しい

私が、
菜の花が見頃で
早咲きの桜がもう咲いていました
私、菜の花の黄色と桜のピンクが一緒になってる風景がすごく好きなんです
と返したら

それを拾って
ああいいですね
確かにそれはきれいだ
その風景はどこに魅力を感じるんですか

などと言ってくれたら嬉しい

これが、
「拾う会話」

共鳴のない会話は
人の気持ちを
静かに削る

マッチングアプリのプロフィール文で、
こんなフレーズをよく見る。

気分の浮き沈みはなく

このフレーズは
特に何も問題がないようにも見える

でも
私は違和感を持った

無害ですよ
というアピールに見えたからだ

また
リーダーシップを発揮したいタイプなので
リーダーシップがあるとよく言われます

リーダーシップという言葉は
組織の中で使って生きる言葉だ

個人間
特に恋愛関係で使う言葉ではない

どちらも
軸が評価にある

だから私は「いい人」でなはなく
「合う人」を選ぶ

いい人は素敵だ

でも
私が求めているのは
共鳴する関係